小脳血管芽腫になった本人よりも
親のほうが悲痛な顔をしていたと記憶しています。
私にも子供がいますから、子供が病気になったら悲痛な顔もするし
変わってやりたいって思うだろうし
ましてやわが両親が一番心配したのはやはり
今後
命の危険性は万が一のことがあった場合って言われると
万が一の一つ手前くらいを想像するのだろう
「お前が寝たきりにでもなったらどうするねん・・」
「俺らより先にいくなよ」
「歩けなくなったらどうする・・」
ネガティブになっても仕方ないとは言え
それは言われても困る
だって私にはこれはどうしようもないんだもの
小脳血管芽腫摘出は先生の腕次第
運は・・きっといいと思ってる
この病気になったにも何か意味があると思ったし
この病気になった事で自分の存在を再確認したし
周りの人の温かさも実感した
当たり前と思っていたことは全部当たり前じゃない
なので生きている事も当たり前じゃないって思う
時間はとっても大切
また今度・・・ってとても嫌いな言葉になった
また今度があるって補償はどこにもない
でも使っちゃうよねまた今度ね・・・って
また今度があってほしい願望かもね
両親はとてもまじめで世間体も大切な昔かたぎの人
頑固だけど優し父なのだ病院のベットに横たわる私を見て
うるうるしてたのを見ちゃった
母はオロオロしながらもやっぱりここは女のほうが肝が据わってる
手術も病院も慣れっこの母は強かった
がんばりや!って
私は結婚にも失敗してるし、親からしたら問題児で
運のない子と思ってるらしいが
私は失敗っていうのは経験値が上がるタイミングと思てるし
苦しい事の後ってちょっとしたこともうれしかったりするから
頑張ろうって思えるし
とても慕っていた人生の大先輩が
「うさの人生はきっと色々大変なことがあるけど、強運やから大丈夫」って
言った言葉をバカみたい二信じてる
確かに小脳血管芽腫が発見できるまでに随分時間がかかった
でも相方さんのふとした気づきで受診し発覚した
たまたま紹介されていった時の先生が簡単に見逃さないで
小脳血管芽腫を発見してくれた、見逃せない大きさやったから
見逃してたら驚くけどw
脳神経外科の部長務めてる先生やったかな
そしてタイミングよく検査そして小脳血管芽腫の手術と年内がベストって
言われたそのベストで空きがあり即すべが決まったこと
小脳血管芽腫と実感もなく体調は悪かったけど
打ち込める仕事があったことが私に元気をくれてたと思う
仕事が大好きやった^^(過去形になってしまった)
また職場の仲間に病気を伝えたときもしばらく休むことも
快く承諾してもらい(するしかないだろうけど)気にすることなく
休ませてもらった
人生の休暇やな~って思ってしっかり休もうと思いましたね~
血管の異常発達による脳腫瘍の手術の恐怖はあったけど
これも強運?先生の腕かな^^のおかげで綺麗にクリア
脳腫瘍の綺麗に全摘完了の報告
ま・・ここから5年は検査が必要なんだけどね
小脳血管芽腫の再発の可能性は低いらしい
でも低い可能性の小脳血管芽腫になったんだもん
可能性が低いといわれても低いとはなかなか思えないのが現実