小脳血管芽腫

初めての経験【緊急入院】

旦那様の車に乗って一気に気持ちが緩んだ私は・・・

実はほとんど記憶がない

ただ座っても背もたれを倒しても、前かがみになっても

辛いのだ

何がつらいのかすら分からないけどとにかく

声を出して苦しんでいた記憶・・・

唯一はっきり覚えてるのは旦那様が

「家に帰るか、このまま病院に行くか」と聞いてくれたこと

この時点はまだ少し話せたので家に帰りたいといったはず・・

でもほんの数分で状態が悪化していき

旦那様は病院へ直行する判断をしてくれた

正しい判断だったと思う、もう自分の体を支える事も話すのもつらかった

病院の救急に到着しすぐ車いすをもってきて乗せてもらったが

本当にお世話をかけてる自分がつらかった

歩けないなんて・・立てないなんて・・・

ストレッチャーにのせられ点滴確保されたはず・・何があったか分からない

ただ主治医からこのまま入院と告げられる

まだ準備がちゃんとできてないし持ってきてもらうにも荷物を詰めてない

そんな心配をしてる自分が自分でおかしいと思った

だって動けないのに何もできない事を何心配してるんだろう~って

ストレッチャーは最悪だった動くたび嘔吐する

とにかくずっと嘔吐を繰り消し続けた

申し訳なくて恥ずかしい・・・でもそんな事は関係なくいろいろなことが進んできましたね

MRI・・でももう自分で動けないので数人がかりで移動させてもらうが

この振動でも嘔吐する・・・検査中も必死

看護師さんや検査技師の方には本当にお世話になった

皆すごく優しかった

しんどいんじゃなくて、そんなやさしさやいつもと違う表情を見せる

旦那様の顔見てると涙が出た

そのまま入院

12月2日・・・にゅいん予定より8日前

もう限界だよって脳が訴えてきたのね

そこから3日ほど脳の腫れをとにかく抑えるって点滴三昧

食べる事など全くできず嘔吐を繰り返す

そしてずっと小舟で荒波のような状態で声を上げてしまう事多々あったと思う

やっと口にできたのがヤクルト

入院した日から毎日欠かすことなく旦那様は面会時間許す限り

付き添ってくれた

苦しむ姿を子供に見せたくなくて一度だけ娘息子集まってくれたけど

手術の日も来なくていいと告げた

身勝手かもしれないけど万が一があった時に子供たちにつらい判断をさせるのが

いやだったの(成人してるしね、実は母子家庭)それに

記憶の最後にもしなったとしたら、苦しんでる私の姿を記憶するより

笑って元気だった時を記憶しておいてほしかったから

でもきっとこの時の記憶は本当に混乱していておそらく苦しむ姿を見せてしまった

そしてやっと嘔吐が落ち着き、少し動けるようになって

お部屋の人達に数日間昼夜問わず嘔吐してご迷惑かけたことを謝ったら

皆さんがすごく優しくて感激した

そしてふとベットの名前を見たら誕生日を迎えた私の年齢が一つ増えていた

残念なことに病院のベットの上で48歳を迎えた

おめでとう~って来るラインに病気のことを言わないでお礼を返しえしていった

 




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